乾燥耐性クマムシにおける表皮細胞と筋肉細胞の蛍光ライブイメージング 拡大
乾燥耐性をもつクマムシにおいて
初めて蛍光タンパク質の発現に成功し、
生きた状態で組織や細胞を観察することができた。

由来種         :Hypsibius exemplaris(ヤマクマムシ)
器官・組織・細胞(株)名:全身
染色・ラベル方法等   :クマムシ特異的ベクターTardiVec
             緑(mEGFP): 表皮
             赤(mCherry): 筋肉
観察手法        :明視野、蛍光、共焦点、倒立
対物レンズ倍率     :63倍
作品画像取得年     :2022

田中 冴自然科学研究機構 生命創成探究センター 極限環境生命探査室 特任助教
乾燥耐性クマムシにおける表皮細胞と筋肉細胞の蛍光ライブイメージング
2023 優秀賞

受賞コメント

田中 冴

田中 冴

この度はNICON JOICO AWARD 優秀賞に選出いただき、大変光栄に思います。
世界で初めてとなるクマムシ 1 のライブイメージング像を、いかに美しく撮るかという点にこだわり、試行錯誤を重ねた甲斐がありました。
この写真を通して、光るクマムシが誕生した日の感動を皆様と共有できると嬉しいです。
乾眠 2という不思議な現象を解き明かすため、今後もイメージングを活用した研究を進めていきたいと思います。

研究の概要

クマムシは周辺の環境が乾燥すると脱水し、「乾眠」と呼ばれる状態になります。
この乾眠状態(Anhydrobiosis)は、全身の水分量が3%まで低下しており、タンパク質の合成などの代謝活動がみられない状態であることが知られています。
また、乾眠状態のクマムシは、超低温・高温、真空から高圧、高線量放射線などの極限的な物理条件にも耐えることができ、宇宙空間への曝露実験においても、クマムシは帰還後の給水により復活したことが報告されています。
水は生命にとって必須と考えられていますが、クマムシの乾眠において見られる「水を失った状態」を可能にするメカニズムはどのようなものか、という問いに答えるために、我々は、これまでクマムシにおける研究を進めてきました。
まずクマムシのゲノムや遺伝子の発現を調べることで、乾眠を可能とするメカニズムに関わる遺伝子を複数見つけることができました。
これらの遺伝子の多くは、他の生物には存在しないクマムシ固有の遺伝子で、細胞内での存在場所がそれぞれで異なっていることが分かりました。
このことから、クマムシの乾眠では、クマムシ固有の遺伝子から耐性に関わるタンパク質を作り、それらタンパク質を細胞質・核・ミトコンドリア・細胞外のそれぞれに配置することで、脱水に伴うストレスから細胞を保護しているのではないかと考えられています。
このようなメカニズムをさらに探究するためには、いくつかの実験手法を組み合わせて、各タンパク質の働きを明らかにしていく必要があります。
しかしながら、クマムシは実験動物としての歴史が浅く、可能な実験手法が限られていることが研究の発展を妨げていました。
そこで、今回の論文では、クマムシに任意の外来遺伝子を発現させることのできる実験手法を確立しました
Sae Tanaka, Kazuhiro Aoki, Kazuharu Arakawa.
In vivo expression vector derived from anhydrobiotic tardigrade genome enables live imaging in Eutardigrada.
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 2023, 120(5), doi: https://doi.org/10.1073/pnas.2216739120

用語解説

1.クマムシ

緩歩動物門を構成する、体長数百ミクロンの微小水棲動物。湖沼や海だけでなく、頻繁に乾燥する苔地などにも生息している。
これまでに1400 種類程度のクマムシが同定されている。本研究では、札幌由来のヨコヅナクマムシと、世界で広く研究されているヤマクマムシを主に使用した。

2.乾眠

含水量3% 程度まで脱水し、代謝活動を一時的に停止した状態のこと。
クマムシは通常は水のある環境に生息しているが、周辺環境が乾燥に伴い、乾眠の状態に入ることで乾燥に耐える。
乾眠状態のクマムシは、超低温・高温・高圧・真空などの極限環境にも耐えることができ、宇宙空間への曝露からも生存が確認された。

3.マイクロインジェクション

微小のガラス針を用いて、さまざまな溶液を対象内に打ち込むことができる実験手法のこと。
本研究では、遺伝子発現ベクターを溶液としてクマムシの体の中に打ち込んでいる。

4.エレクトロポレーション

電気によって細胞の膜に微小の穴を開けることで、DNAなどの分子を強制的に細胞内に取り込ませる実験手法のこと。
本研究では、インジェクション後のクマムシにエレクトロポレーションを施すことで、クマムシの細胞の中に遺伝子発現ベクターを送り込んでいる。

5.GFP

緑色蛍光タンパク質。本研究では遺伝子発現ベクターの機能を確認する目的、および、クマムシタンパク質の細胞内局在を確認する目的で使用した。

6.遺伝子発現ベクター

任意の遺伝子由来のタンパク質を合成することを目的として作成された環状の二本鎖DNA。本研究で開発した遺伝子発現ベクターは、クマムシのゲノム由来の遺伝子発現調節領域を組み込むことで、クマムシの細胞内で任意のタンパク質を合成することを可能とした。

7.乾眠関連遺伝子CAHS・SAHS

クマムシ特異的な超親水性タンパク質として同定されたCAHSとSAHS は、それぞれ細胞質と細胞外領域に局在し、脱水時における細胞膜やタンパク質の変性や癒着を防ぐような働きがあるのではないかと考えられている。

8.貯蔵細胞

貯蔵細胞は、クマムシの体腔空間に浮遊する細胞であり、1 個体に数百個程度存在している。
乾眠から復帰後に必要なエネルギー源を貯蔵する役割を持つと考えられている。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 生きた状態の観察という生き物のエネルギーを感じる画像だと感じた。
  • 一つの生命体としての神秘性や細部に宿る輝きを感じる。
  • 解像度があり、細部まで見入ってしまうような画像。抽象的な画像が多い中、クマムシの生命力を感じ、惹かれた。
  • クマムシのイメージとは全く異なる繊細さが独特の世界を生み出しています。生命の神秘さを感じさせる1 枚です。
  • ユニークなモデル動物に対する蛍光タンパク質の導入は学術的な意味が高い。
  • クマムシの蛍光イメージングに挑戦し成功した研究成果は評価に値する。