皮膚再生を司る上皮幹細胞コンパートメント〜見ることで見えてくる幹細胞の不思議〜 拡大
不均一な幹細胞集団が
皮膚の中で規則的なパターンを作り
高度に領域化していることを発見した

マウス由来皮膚

サンプル詳細:H2B-GFP tet-off マウス由来尾部皮膚
       緑:H2B-GFP(分裂頻度の低い細胞)
       赤:K14(表皮細胞マーカー)
       青:核染色
観察手法  :共焦点顕微鏡、倒立、蛍光
観察倍率  :10X
撮影年   :2014
顕微鏡データ:静止画

佐田 亜衣子熊本大学 国際先端医学研究機構 皮膚再生・老化学講座 特任准教授
皮膚再生を司る上皮幹細胞コンパートメント〜見ることで見えてくる幹細胞の不思議〜
2020 最優秀JOICO賞

受賞コメント

佐田 亜衣子 特任准教授

佐田 亜衣子 特任准教授

この度は、NIKON JOICO AWARD 最優秀JOICO賞にお選びいただき、誠にありがとうございます

研究を行う上で大切にしていることは、顕微鏡下でじっくり見ること。受賞した作品は、顕微鏡観察をもとにした「小さな気づき」から、想像を膨らませ、辛抱強く実験を重ねることで意外な発見に繋がった思い入れのある写真です。

美しく、不思議な皮膚幹細胞の実態に迫るような研究を今後も続けていきたいです。

研究の概要

皮膚の最も表面に位置する表皮は、外界から身体を守るバリアとして働くほか、水分量の調節や傷の修復など、生命維持に必須の役割を果たす。 本研究では、独自に確立した幹細胞マーカーと in vivo 動態解析ツールを用い、マウス表皮では分裂頻度の低い細胞だけでなく、本来幹細胞ではないと考えられてきた活発に分裂する細胞も幹細胞として働くことを見出し、幹細胞研究における新たな概念を提唱した。これら 2 種類の表皮幹細2は、組織の中で規則的かつ領域化した局在パターンを示した。 本論文は F1000Primeに選出され、当該分野で高い評価を受けている。表皮幹細胞コンパートメントは、損傷修復やがん、老化に関与する可能性があり、さらなる研究の発展が期待される。
Sada A, Jacob F, Leung E, Wang S, White BS, Shalloway D and Tumbar T
Defining the cellular lineage hierarchy in the interfollicular epidermis of adult skin.
Nature Cell Biology. 2016, 18(6), doi: 10.1038/ncb3359

用語解説

1.上皮幹細胞

上皮とは、体表や組織の表面を覆っている細胞層のこと。皮膚は上皮組織である表皮と、結合組織である真皮から構成される。その他、腸管上皮、角膜上皮、口腔粘膜上皮なども上皮の仲間。上皮組織に存在する幹細胞は、広く上皮幹細胞と呼ばれる。

2.表皮幹細胞

皮膚の表皮をつくる幹細胞。表皮のターンオーバーや損傷の修復を担う。表皮幹細胞は、基底層に局在し、分化に伴って、上層へと移動する。

3. 毛包

毛を取り囲む器官のこと。毛包は層構造をとり、中心部から、毛髪、内毛根鞘、コンパニオン層、外毛根鞘と呼ばれ、毛包幹細胞(毛をつくる幹細胞)は外毛根鞘のバルジと呼ばれる領域に局在する。

4.表皮水疱症

表皮と真皮とが解離し、弱い刺激で水ぶくれ(水疱)やびらんが生じてしまう皮膚の疾患。表皮と真皮の接着にはたらくヘミデスモゾーム構成タンパク質の遺伝子異常等が原因となる。

5.遺伝子導入幹細胞

ウイルスベクターを使用し、ラミニン遺伝子を導入した培養表皮幹細胞を移植することで、表皮水疱症の治療に成功したことが、M De Luca らのグループにより2017年 Nature 誌に報告された。

6.結合組織

組織の間をうめる支持組織。例えば、皮膚の真皮は結合組織であり、線維芽細胞や細胞外マトリックス(コラーゲンやエラスチンなど)から成る。

7.テロメア

染色体の末端にある構造で、細胞分裂に伴い長さが短くなることが知られる。テロメアの長さは、老化やがん化の制御に重要であると考えられている。

8.前駆細胞

幹細胞から産生された比較的未分化な細胞であるが、幹細胞のような長期的な自己複製能をもたない。限られた数だけ分裂し、最終分化へと向かう。

9.Dlx1

分裂頻度の低い表皮幹細胞のマーカーとしてマイクロアレイ解析により同定した遺伝子。Dlx ファミリーに属する転写因子。

10.Slc1a3

分裂頻度の高い表皮幹細胞のマーカーとしてマイクロアレイ解析により同定した遺伝子。グルタミン酸トランスポーターとしてはたらき、幹細胞やがん細胞の代謝制御に重要な機能を持つ。

11.H2B-GFP tet-off システム

細胞の分裂頻度を可視化することが可能なトランスジェニックマウス。ヒストン H2B に緑色蛍光タンパク質 GFPをつなぐことで細胞の核を安定的に標識する。ドキシサイクリンによって転写を抑制している間に起こった細胞分裂の数を GFP の蛍光強度として検出できる。

12.ドキシサイクリン

テトラサイクリンの誘導体で、tet-off システムにおいて転写を止めるのに使用する薬剤。テトラサイクリン依存性転写活性化因子 tTA が、プロモーター配列 TRE に結合するのを阻害する。

13.再生工学

細胞や細胞外マトリクスなどの生体材料を用い、組織の損傷等を人工的に再生させることを目的とした医学と工学の融合分野。次世代の医療として注目されている。

Q & A

Q1 なぜ分裂頻度の違いに着目したのですか ?

皮膚の毛包において、細胞分裂の遅い細胞はバルジ領域に局在し、長期的な幹細胞としてふるまうことが分かっていました。また他の組織においても、分裂頻度の遅い細胞は、特別な機能を持つ細胞として働くことが提唱されていました。しかし表皮においては、組織幹細胞の実態について不明な点が多く、分裂頻度の違いに着目した研究もほとんどなかったため、何か面白いことが見つかるのではないかと考えました。

Q2 皮膚の損傷修復、がんなどの皮膚疾患時には、2 種の分裂細胞の異なる上皮幹細胞のバランスや上皮幹細胞コンパートメントはどうなるのでしょうか ?

そこをまさに知りたい ! と思って研究しております。皮膚の損傷時には、2 種類の表皮幹細胞は、それぞれの系譜に貢献できる可塑性を持っていることが分かっています。がんや皮膚の炎症では表皮幹細胞は活発に分裂する一方で、老化すると分裂能が下がっていきます。異なる状況下で、2 つの幹細胞のバランスやコンパートメントが変わるのであれば、異なる幹細胞集団が存在することの生物学的意義の理解へもつながると考えています。

Q3 上皮幹細胞コンパートメントの制御機構でわかっていることはありますでしょうか。

上皮幹細胞のコンパートメントの制御の一つとして真皮からのシグナルが重要であると言われています。例えば、真皮における Wnt シグナルに応じてコンパートメントのサイズが変わります。また表皮幹細胞の自律的因子、血管のパターンや細胞外マトリクス、力学的環境もコンパートメントの制御に働くと考えていますが、まだ詳細なメカニズムについては分かっていません。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 地面から這い出してくるような不気味な構造物の描写が素晴らしい。学術的にも価値が高い。
  • 幹細胞の分裂頻度を GFP の蛍光強度で可視化するアイデアは独創的である。分裂頻度の異なる 2種類の幹細胞が規則的に領域化した局在パターンは科学的価値が高いだけでなく、美しく芸術性も高い。
  • 既存の定説を覆して、上皮幹細胞のコンパートメントを発見した画期的な研究であると言える。幻想的で生命感を感じる作品である。
  • 美しい上に学術的な価値もある。
  • 安定にクロマチンに結合して存在するヒストンタンパク質を GFP でラベルしたプローブを活用することでこれまで未知の皮膚に存在する幹細胞の動態を解明した点は学術的に高く評価できる。