画像解析で細胞状態をネットワーク化
~細胞内局在情報を活用したシグナル解析で生命現象を解明~

2021年7月14日

株式会社ニコン(社長:馬立 稔和、東京都港区)は、東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの加納ふみ准教授、中津大貴助教、國重莉奈特任助教、および東京大学 大学院総合文化研究科の村田昌之教授(現東京工業大学特任教授)、野口誉之助教の研究グループと共同で、ダイナミックなシグナル伝達系の変化を推定及び可視化する研究手法、PLOM-CON解析法(Protein Localization and Modification-based Covariation Network analysis method)を開発し、その成果を科学雑誌「iScience」に発表しました。

論文情報

掲載誌 iScience
論文タイトル Microscopic image-based covariation network analysis for actin scaffold-modified insulin signaling
著者 Yoshiyuki Noguchi, Fumi Kano, Nobuhiko Maiya, Chisako Iwamoto, Shoko Yamasaki, Yosuke Otsubo, Daiki Nakatsu, Rina Kunishige, and Masayuki Murata
DOI

ヘルスケア事業部の米谷信彦研究員、岩本智沙子研究員、山﨑聖子研究員、研究開発本部の大坪洋介研究員は、共焦点顕微鏡「A1R」で撮影したシグナル伝達系を構成する50種類のタンパク質の免疫染色画像から、各タンパク質の細胞内挙動を画像統合ソフトウェア「NIS-Elements」を使用して解析するとともに、これらのデータからタンパク質間の相関性を推定及び可視化する技術を開発し、研究に貢献しました。

背景 創薬の課題

創薬開発の成功率は約3万分の1程度といわれています。薬効を示すものの作用機序が判明せず、開発が中止になる多数の候補化合物が存在します。その原因としてシグナル伝達系研究の難しさが挙げられます。

細胞は外部からのメッセージを受容体で受け、それに反応することで生体内での役割を果たします。そのためには、外部からのメッセージを情報として細胞内の適切な場所へ伝達しなければなりません。この伝達の仕組みがシグナル伝達系で、多様なシグナル伝達系が存在します。

疾患状態にある細胞では多くのシグナル伝達系が破綻しています。疾患細胞に作用し、シグナル伝達系をできるだけ正常な状態に戻すのが、薬の重要な役割の一つです。したがって、薬の作用機序を解明するには、薬によってシグナル伝達系がどのように変化したのかを捉えることが重要になります。

シグナル伝達系において、実際に情報を伝達しているのがタンパク質です。その情報は、特定のタンパク質から様々なタンパク質へ分配されたり、あるタンパク質群によって増強されて別のタンパク質群へ中継される等、様々な方式で伝搬されます。そして、このようなタンパク質同士の情報交換は、細胞内の特定の場所にタンパク質が集合し精密に連携して行われています。つまり、薬を添加した際に、どのタンパク質のペアが細胞内のどこで関係をもっているのかを解析することが、シグナル伝達系の研究の基本になります。

しかし、一般的に使用されている研究手法(生化学分析)では細胞をすりつぶしてしまうためタンパク質が働いている細胞内の場所が不明になり、シグナル伝達系を正確に把握することが難しいのが課題でした。

創薬の課題への挑戦 PLOM-CON解析法の開発

PLOM-CON解析法は、一般的な生化学分析手法では困難だった、タンパク質が細胞内のどこで、どのタイミングで、どのような動きをしているのかを定量化します。さらに、多数のタンパク質間の細胞内挙動の相関性を、細胞内の場所を加味して推定することで、どのタンパク質のペアが細胞内のどこで関係をもっているかを短期間で推定し可視化します。これにより、薬によるシグナル伝達系の変化を捉えることが可能になります。

本研究では未解明であったインスリン刺激で肝細胞内に起こるアクチン凝集体の役割について、PLOM-CON解析法により糖代謝シグナルの場として機能していることを明らかにしました。

PLOM-CON解析法は、薬などの化合物の作用機序や疾患メカニズムの解明などに幅広く応用することができ、創薬、医療、生命科学の分野で研究効率の向上に貢献します。

関連リンク

<参考情報>

PLOM-CON解析法の特徴

1. 画像解析で6Dの情報をフル活用しタンパク質挙動情報の高精度化

細胞をすりつぶしてしまう生化学的解析では容易には取得できないタンパク質の活動場所の情報を、画像解析では正確に取得でき解析に利用できます。また、位置情報を利用することで、一細胞レベルの解析や隣り合う細胞同士の影響を考慮した解析も可能になります。

画像解析の長所を活かして、空間(3D)、多点、時間、多重染色の情報をフル活用し、ダイナミックなシグナル伝達系の変化を包括的に取得することで、一度の実験でより多くの知見を得ることができます。

2.ビッグデータを活用しシグナル伝達系の変化を推定

画像解析で得られるデータは膨大です。PLOM-CON解析法ではこのビッグデータを活用し、タンパク質間の相関性を推定しネットワーク表示することにより、薬剤添加等により変化するシグナル伝達系を推測することが可能になります。

ネットワーク表示では、細胞内の場所をエッジ端点の色で表現することで、例えば「細胞質内のタンパク質Aと、核内のタンパク質Bが強い相関性を持つ」といった細胞内の場所を加味したシグナル伝達系の変化を推測することができます。

下の例図では、赤が細胞質、青が核、オレンジがアクチン凝集体を表しています。外部からの刺激を細胞が受信することで、タンパク質Aが中核となり、核内のタンパク質Bに指令が伝達され、また、アクチン凝集体で様々なタンパク質(C~F)が協働することがわかります。

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