
私たちの身近にある植物たち。実は持続可能な社会づくりのためのヒントを秘めていました。植物は、太古から続く進化を経て、灼熱の砂漠や極寒の地などの環境に適応する能力を高めてきました。植物がどのようにストレスに対応してきたのか、植物の細胞を生物学的な視点で探究することで、研究者たちはその複雑なメカニズムの中に、未来への課題に対する解決策を見出しています。ニコンの顕微鏡が、その研究を支えています。

植物細胞を見つめ、その秘密を探求する

顕微鏡 イメージング センター長
ニコン センターオブエクセレンス 副センター長
グリフィング・バイオロジクス
合同会社 代表
准教授
ローレンス・グリフィング 博士
*役職・所属等は取材当時のものです
米国のテキサスA&M大学。ローレンス・グリフィング博士はこの場所で、顕微鏡を用いて植物細胞の研究に取り組んでいます。「私たちは、植物の細胞膜の形成で中心的な役割を担う、ステロールという分子を研究しています」と博士は語ります。ステロールは細胞を守るバリアの材料になるような物質で、細胞を囲み保護する細胞膜の形成や維持に重要な役割を果たします。「ステロールの働きを解明することで、植物がどのように細胞を制御し、環境ストレスに適応しているのかを理解できるようになります。これにより、植物の環境への耐性を高める新しい方法を見いだせる可能性があります」と博士はお話しくださいました。
また、グリフィング博士は、顕微鏡を用いて植物細胞内のさまざまな部位の観察も進めています。植物の中での情報のやり取りの鍵となるのが、小胞体と呼ばれる細胞小器官(オルガネラ)です。小胞体は“コンタクトサイト”という接点を通じて、細胞小器官同士をつなぐ役割を果たします。グリフィング博士は、「このコンタクトサイトに顕微鏡で光を照射すると植物の中でカルシウムイオンの波が発生し、周囲の細胞へと広がることがわかりました」と語ります。そして「この波が細胞内を伝わることで小胞体と接続された他の細胞小器官の代謝が変化します。このプロセスは、植物の環境変化への適応、成長、健康において重要な役割を果たしています」とおっしゃいました。この発見はすでに農業への実用化へと展開されており、気候変動などの大きな課題への解決策となりそうです。
植物細胞の構造

小胞体と各細胞小器官のコンタクトサイト(接触部位)は赤い点線で表示
植物の力で世界の課題に挑む
「いま、農業には多くの植物生物学が関わっています。たとえば私たちのステロール研究をもとに、無害で高い効果を発揮する、有機的な“発芽前除草剤”の開発を進めています。これにより、有機栽培に取り組む農家が従来より優れたコストパフォーマンスで作物を育てられるようになります」とグリフィング博士は語ります。
この除草剤は、有害な化学物質を使用せずに低コストで雑草の成長を抑え、持続可能で環境に優しい有機農業の実現を支えます。さらに農業の枠を超え、医療分野で使用される鎮痛剤やがん治療薬などの原料となる植物の栽培にも貢献します。その結果、重要な医薬品のコスト削減と普及につながり、世界の健康と福祉の向上を支えることが期待されます。

2050年までに世界の人口は97億人に達する※と予測されています。急激な気候変動が進む中、持続可能な農業の必要性はさらに高まるでしょう。植物細胞がどのようにストレスから身を守るのかを理解することで、作物が酷暑や干ばつ、冷害などの気候変動への耐性を身につけることに貢献できます。これにより、農家は安定して作物を収穫することが可能になるでしょう。
街路樹から家庭菜園の野菜まで、あらゆる植物の中で植物細胞の環境ストレスへのメカニズムが働いています。これらを解明することは、単なる科学的発見にとどまらず、増え続ける世界の人口を支えながら持続可能な農業の可能性を拓くことにもつながるのです。
- ※出典: 国際連合経済社会局 (https://www.un.org/en/global-issues/population)
先進的な技術で観る植物のダイナミクス
テキサスA&M大学では、学生や研究者がニコンのさまざまな顕微鏡システムを活用しています。ニコンのAX R共焦点レーザー顕微鏡は、高解像な画像を取得し、細胞内の高速な現象を捉えることができます。また、AX R MP多光子共焦点レーザー顕微鏡は、生きた細胞や厚みのある組織の深部まで観察することを可能にします。これらの顕微鏡は、細胞内を伝わるカルシウムイオンの波の観察を含め、植物細胞内の現象を3Dアニメーションで捉え、研究するために不可欠なツールとなっています。
「ニコンのAX RとAX R MPは、いずれも高速、高解像度、そして広視野での観察を可能にしてくれます。AX Rを使うと、カルシウムイオンの波が複数の細胞を通じて広がる様子を高速・高解像度で観察することができます。また広い視野により、一度に組織全体を観察することができます。これによってカルシウムイオンの波がどのように伝わるのかを理解することができるのです」とグリフィング博士はお話しくださいました。

「さらに、AX R MPを使うことで、植物細胞を遠赤外光で光刺激※することができます。これにより、従来のように紫外光によって引き起こされる植物細胞へのダメージを避けることができるのです」と博士は続けます。
そして、「これはとても重要なポイントで、紫外光は植物の成長や光合成などに悪影響を与えるからです。一方、遠赤外光はより安全です。この研究は植物が環境変化にどのように適応するかについての知見をもたらすと期待されています」とお話しくださいました。

これらの先進的な顕微鏡技術は、グリフィング博士などの研究者たちが研究の限界を拡げ、植物がより自然な状態でどのように機能するのかを解明することに貢献しています。


- ※光刺激とは、光を使って植物細胞に影響を与えたり、反応を引き起こしたりする手法です。
持続可能な未来の構築に向けて
グリフィング博士の研究は、大きな進展がありながらもまだ多くの課題を残しています。たとえば、植物細胞内でどのようにステロールが運ばれるのか、どのように制御されるのかといった研究はまだ初期段階です。「植物細胞内でのステロールの移動や細胞小器官などに与える影響をさらに分析することで農作物の環境耐性などを向上させる手助けができると考えています」と博士。さらに「この新たなテーマから知見を得ることで持続可能な農業技術の開発だけでなく、アルツハイマー病やパーキンソン病などの小胞体ストレスに関連する人間の病気に対処する方法を発見する可能性があると考えています」とグリフィング博士は語ってくださいました。
そして最後に「私は植物と人間の共生に貢献したいと願っています。結局のところ、人間は植物に依存しているのです。植物を育て守ることが人類の成長と存続にもつながるのです。植物と人間の幸福を損なうことなくそれを実現しなければならないのです」というメッセージをいただきました。
ニコンは、グリフィング博士を始めとする植物生物学の研究者を支え、植物と人間の双方にとって持続可能な未来をつくることに貢献していきます。