ヒト由来筋膜 拡大
皮下組織に存在する「筋膜」の構造が明らかになった。
ネットワーク構造を持ったエラスチンと、コラーゲン線維がお互いに支え合うように存在していた。

ヒト由来筋膜

サンプル詳細:無染色
観察手法  :二光子励起顕微鏡(SHG光)・倒立・蛍光
観察倍率  :20x
撮影年   :2021
顕微鏡データ:静止画

西澤 志乃株式会社ファンケル 総合研究所 研究員
ヒトの筋膜構造 – 拡がるネットワーク –
2021 特別賞

受賞コメント

西澤 志乃

西澤 志乃

この度は輝かしいNIKONJOICOAWARD特別賞に選出いただき、大変光栄に存じます。

「イメージをはるかに超越した驚異的な作品」という栄誉な審査員コメントをいただいたように、本作品をイメージングしたとき、胸が高鳴ったことを覚えています。イメージングは、サンプルの準備や顕微鏡のセットアップなど地道な作業が必須であり困難なことも多いですが、想像を超えた構造を捉えることができたときの喜びは何物にも代えがたいです。

これからも、驚きと感動を与えてくれるイメージングツールを活用し、皮膚科学研究に尽力していきます。

研究の概要

炎症が起きると、末梢血を流れている好中球5 が血管内皮細胞 と相互作用(Rolling adhesion)し、組織に浸潤していく。生体 防御としては重要な反応ではあるが、組織への浸潤が過剰になると、臓器障害などが引き起こされるため、過剰な遊走を抑える必 要がある。そこで、生体イメージング技術を活用し、好中球の動態をリアルタイムに解析したところ、トロンボモジュリン6 アルファのD1ドメインが、好中球の Rolling adhesionを抑制することで 抗炎症に働く可能性を見出した。(2015年 ~ 2017年 大阪大学大学院生命機能研究科 / 医学系研究科 免疫細胞生物学教室にて)
Shino Nishizawa, Junichi Kikuta, Shigeto Seno, Masahiro Kajiki, Ryuichi Tsujita, Hiroki Mizuno, Takao Sudo, Tomoka Ao, Hideo Matsuda, Masaru Ishii
Thrombomodulin induces anti-inflammatory effects by inhibiting the rolling adhesion of leukocytes in vivo.
Journal of Pharmacological Sciences. 2020, 143(1), doi: 10.1016/ j.jphs.2020.01.001.

用語解説

1.筋膜

皮下組織の間にある浅筋膜と、皮下組織と筋層の間にある深筋膜の二種類が存在する。コラーゲンやエラスチン、脂肪細胞から構成されている線維状の構造であり、筋膜には血管やリンパ管、神経も存在する。

2.SHG

Secondharmonicgeneration;SHG(二次高調波発生)は、励起される物質の極性と光に対する配向性に依存して発生する。SHGを誘起する線維は、コラーゲンやアクトミオシンなど極性を持った物質が同 じ方向を向いて集合した構造をとる。

3.エラスチン

弾性線維の主成分である。皮膚や血管などの臓器 に存在し、弾力性を与えている。

4.コラーゲン線維

膠原線維ともいう。真皮における主な線維成分であり、真皮乾燥重量の70%を占める。きわめて強靱な線維であり、皮膚の力学的な強度を保つ支持組織である。

5.好中球

白血球の中の顆粒球の一種であり、白血球全体の約45~75%を占めている。強い貪食能力を持ち、細菌や真菌感染から体を守る主要な防御機構に寄与する。

6.トロンボモジュリン(thrombomodulin;TM)

主に血管内皮細胞、気道や腸管の粘膜上皮細胞などに存在する高親和性トロンビン受容体である。

7.LPS:Lipopolysaccharide

大腸菌やサルモネラ菌などのグラム陰性細菌の細胞壁を構成する成分。糖と脂質が結合した構造をしているので、「糖脂質」あるいは「リポ多糖」と呼ばれる。様々な毒性を示す生物活性を持つことから内毒素 (エンドトキシン)とも言われる。

8.DIC

播種性血管内凝固症候群(disseminatedintravascularcoagulation;DIC)は、様々な基礎疾患によって凝固系が活性化され、全身の微小血管内に血栓(微小)が多発する病態であり、重症化すると臓器障害などが起きる症候群である。

9.表在性筋膜(SMAS)

SuperficialMusculoaponeuroticSystem; SMASは、顔面部位や首に存在する浅筋膜を示す。9.自家蛍光 エラスチン線維やコラーゲン線維のような生物学的構造が、光を吸収した際に起こる光の自然放出(フォトルミネセンス)。

10.マクロファージ

体内に侵入した細菌やウイルスなどの病原体、ウイルスに感染した細胞や細胞の死骸などを貪食する細胞。異物一般に対する防御機構である自然免疫を担い、炎症反応の誘導やT細胞に異物の情報を伝え活性化させるなどさまざまな役割を持つ。

Q & A

Q1 今回発見されたトロンボモジュリンの抗炎症作用ですが、どういった点が新しい発見になるのでしょうか。

生体イメージング技術を活用し、好中球の動態をリアルタイムに解析したところ、トロンボモジュリンアルファのD1ドメインが、好中球のRollingadhesionを抑制することで抗炎症に働く可能性を見出しました。

Q2 血管内皮に発現しているトロンボモジュリンはどのようにして抗炎症作用を制御しているのでしょうか?なにかメカニズムでわかっていることはありますでしょうか。

トロンボモジュリンのLectinlikeDomain(D1ドメイン)が、壊死細胞やマクロファージ10から放出されるHMGB1を吸着中和することで炎症を抑制することや、他にもヒストンやLipopolysaccharide(LPS)を吸着中和することで抗炎症作用を発揮することが報告されています。

Q3 肌を研究されていくうえで、浅筋膜はどういった点で注目されているのでしょうか。ご研究されるうえでのイメージングの重要性とともに、今後の展望についてもお聞かせください。

筋膜は、単純に筋肉の滑りの緩衝材として捉えられてきたが、近年筋膜は骨や脂肪への分化能力を持つ前駆細胞の新たな場所や、創傷部位に遊走する細胞がプールされる場所であることがわかってきました。未知な部分が多い筋膜に魅せられ、今後はイメージング手法と細胞機能解析などを組み合わせることで、筋膜の新たな役割や、皮膚との関係性を探していきたいと思います。

作品の利用について

NIKON JOICO AWARD 受賞作品の利用方法についてご紹介します。

ABOUT HOW TO USE

審査員講評

  • 絡み合う力強い流線形。毛糸の束と糸が 絡み合った裁縫箱の中身のよう。
  • 顕微鏡で撮影された写真でありながら、ゴッホやモネの絵画をほうふつさせられる。我々が常々抱いている顕微鏡画像の想定やイメージをはるかに超越した驚異的な作品であるといえる。
  • 詳細で美しい画像である。
  • picturesque!ちょっと吸い込まれる。映画のポスターの背景に使えそう。
  • 絵画みたい。
  • 繊細さと大胆さを持って描かれた抽象画のよう、細部の描写に引き込まれる力がある。
  • 緑の色相の中で異なる深みがあり、まるで筆で描いたようなタッチが勢いがあり、美しい。
  • 有機的で繊細に重なり合う組織構造は丁寧に塗り重ねた油彩画やテンペラ画のように美しい!
  • 色と線が絵画のよう。