INTERVIEW

石川智愛 助教

今回特別賞を受賞した慶應義塾大学 医学部 薬理学の石川 智愛 先生。世界で初めて観察に成功したという「高精度な配線が実現する記憶再生時のシークエンス入力」について、記憶と老化の関係や今後の展望とともに語っていただきました。
研究内容


今回は特別賞の受賞おめでとうございます。

― ありがとうございます。

応募していただいた画像の研究テーマに「記憶」というキーワードがありました。まず記憶というと老化とともに衰えていくものだと思いますが、記憶と老化にはどのような関係があるのでしょうか?

― 記憶と老化の関係性というと、それだけで1つの大きなプロジェクトが成り立つようなトピックですね。
記憶は「形成」と「固定」という二つのステージを経ることで長期的に保存されると考えています。固定時にはSharp wave rippleという脳波が海馬で観察され、このときに記憶の再生という現象も観察されています。年をとるにつれてSharp waveが減っていくというデータの報告があり、おそらく記憶の再生の質なども老化によって変化すると考えています。一方で、今回発見したシークエンス入力も記憶の再生に関わるもので、その存在は再生の質や回数に関わっているのではないかと予測しています。ただ、シークエンス入力自体は私たちが初めて発見してたもので、記憶の再生や老化、記憶障害などとの関係性はほとんどわかっていません。最終的には記憶をより良く持続させる方法の解明や認知症の治療とかにも繋がっていけば、より多くの方々に還元できるようになると期待しています。

石川先生のご研究はイメージングがベースになっていると感じましたが、シークエンス入力を発見するためにイメージングから得られたビッグデータをどのように解析するのでしょうか?

― ビッグデータの解析に使っているのは MATLAB という行列の計算を得意としたソフトウェアです。簡単な数字の足し算とか引き算とかも出来ますし、画面には表せないくらいの大きな数のデータを同時に解析することも出来ます。ただ、解析の仕方やパソコンのスペックによっては解析が止まってしまうとか、1 日かけて解析することもあります。

ちなみに今回研究概略図でお示しいただいた182番まであるスパインを120秒解析するのはどのくらい時間がかかったのでしょうか?

― シークエンス入力を解析するだけであれば、3~4 時間で終わります。一方で、シークエンス入力が偶然には存在するものではなく、神経回路が積極的に作りだしているものだということを示すために行った解析では、夜通しかけて 1 細胞の解析をしていましたね。

スパインに番号を付けられていましたが、番号の付け方にルールはあるのでしょうか?

― スパイン番号の付け方に決まりはないです。というのも、私たちが見てるのは 1 本の樹状突起のスパインだけではないのです。例えば、スパインの樹状突起上の道のり距離は細胞の活動性を議論する上で重要な情報なので、細胞体から生えている樹状突起に対して細胞体から近い順番に番号を振ったとしても、どこかで戻って来る瞬間があるんですよね。多くの突起を同時に観察しているので、結局戻ってきた時の番号に意味がなくなってしまいます。順番に関しては、左から順に 「1、2、3、4...」と付けて、最終的な捉えられたスパインの数まで見るようになってます。

脳は解明されていないことが多い、とよく耳にしますが、石川先生のご研究をお聞きしていると、そのことをより実感することができました。

― そうですね。脳は本当に分かっていないことだらけですし、今はまだ「わかっていない」とさえ気づいていないことがたくさん残っているのだとも思います。これから本当に発展していくと思っています。
また、脳はイメージングしたときに見えてくる画像がすごく綺麗に見える組織だと私は感じていて、形態の複雑さや緻密さにいつも感動しています。観察したときに美しい組織は研究していて楽しいと個人的には思っています。
今回の研究では、シナプス入力のパターンを高速にイメージングすることでシークエンス入力の存在を発見しましたが、この結果は驚くほど神経回路が緻密に構成されていることを示唆しています。将来的にはシークエンス入力をうまく操作して、記憶力も強められるようなことが出来たら良いですよね。

石川先生、今日は多くの方が興味を惹かれる脳機能解明につながる大きな発見について、詳しくご説明いただきありがとうございました。あらためて受賞、おめでとうございました。

― ありがとうございました。