脳や神経を持たない植物が
傷付けられたことを感じ
その情報を全身へ伝える瞬間

シロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana

サンプル詳細:カルシウムバイオセンサーGCaMP(GFP)発現
観察手法:実体顕微鏡、蛍光
観察倍率:1X
撮影年:2019年

豊田正嗣埼玉大学大学院 理工学研究科 准教授
植物の長距離・高速カルシウムシグナル
2019 最優秀賞 JOICO賞

受賞コメント

豊田正嗣 准教授

豊田 正嗣 准教授

この度は、NIKON JOICO AWARD(最優秀賞"JOICO賞")という栄誉ある賞をいただくことができ、たいへん光栄に思います。

私はこれまで顕微鏡を使って「見る」ということにこだわって研究を行ってきました。
この「見る」という力が、これまで静的だと考えられがちだった植物のダイナミックな情報処理システムの一端を浮き彫りにすることができ、しかもその映像を高く評価していただけたことはこの上ない喜びです。

本研究に携わってくださったすべての方に感謝申し上げるとともに、JOICO賞の名に恥じぬよう、これからも唯一無二の研究を進めていきたいと考えています。

研究の概要

脳や神経をもたない植物は、どのような仕組みを用いて傷つけられたことを感じ、その情報を全身に伝えるのだろうか?この生物学・農学における長年の謎を、広視野実体蛍光顕微鏡および高感度カルシウム/グルタミン酸バイオセンサー(GCaMP/iGluSnFR)を用いて解き明かすことに成功した(Toyota et al., Science 2018)。
シロイヌナズナの葉が傷つけられると、
  • ①損傷部位からグルタミン酸が流出する。
  • ②このグルタミン酸をグルタミン酸受容体(GLR)が受容することでCa2+シグナルが発生し、
  • ③養分を通す管である師管を介して遠くの葉に伝搬する(1mm/s)。
  • ④このCa2+シグナルが伝搬した葉では、将来の攻撃に備えて抵抗性が上昇する。
植物は、師管のような植物独自の器官と、進化的に保存された神経と共通のシステム(GLR)を組み合わせることで、長距離・高速情報伝達を可能にしていると考えられる。
Toyota M*, Spencer D, Sawai-Toyota S, Wang J, Zhang T, Koo AJ, Howe GA, Gilroy S* (2018)
"Glutamate triggers long-distance, calcium-based plant defense signaling"
Science 361:1112-1115. (* corresponding author)

用語解説

1.細胞内Ca2+シグナル

細胞内に遊離しているカルシウムイオン(Ca2+)の濃度変化。筋肉の収縮や神経伝達などさまざまな生理学的役割を果たす。細胞内のCa2+濃度は、一般的に細胞外に比べて10000倍程度低く保たれており、Ca2+の濃度変化が次の生体反応を引き起こすスイッチ(シグナル)として働く。

2.バイオセンサー(GCaMP, iGluSnFR)

緑色蛍光タンパク質(GFP)にカルシウムイオンやグルタミン酸を結合するドメイン(領域)を融合したタンパク質(Nakaiet al., Nature Biotechnology 2001; Marvin et al.,Nature Methods2013)
GCaMPは細胞内のカルシウムイオンを結合すると明るく緑色に光り、iGluSnFRはグルタミン酸を結合すると明るく緑色に光る。

緑色蛍光タンパク質(GFP)

3.シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)

キャベツ等と同じアブラナ科の1年草。寿命が短く栽培および遺伝子組換えが容易であることから、世界中でモデル植物として研究されている。2000年に全ゲノムが解読された。

4.師管

葉脈などの維管束を形成する組織の1つ。細胞が長く連なった管状構造になっており、光合成産物(養分)を輸送する役割を果たす。維管束を形成するその他の組織や細胞として、水を輸送する道管や伴細胞、柔細胞などが近傍に存在する。

5.プラズモデスマータ(原形質連絡)

隣り合う2つの植物細胞(細胞質)をつなぐ孔。mRNAやタンパク質などの小分子が移動すると考えられている。構造は異なるが、機能的に動物細胞のギャップ結合に似ている。

6.グルタミン酸受容体

グルタミン酸を結合すると活性化する膜タンパク質。代謝型とイオンチャネル型に大別される。
私たちの脳内では、ある神経細胞のシナプス前末端から放出されたグルタミン酸が別の神経細胞のグルタミン酸受容体に結合することで、神経伝達を行っている。
この興奮性シナプス伝達が、記憶や学習において重要な役割を果たしていると考えられている。シロイヌナズナには、活性化するとイオンを透過させるイオンチャネル型グルタミン酸受容体に相同性の高いGlutamate Receptor Like (GLR)が20種類存在する。その内のGLR3.3 とGLR3.6が、傷害時に発生する長距離Ca2+シグナル伝達に必須であることが本研究で明らかになった。

7.グルタミン酸

うまみ成分の1つであると共に、哺乳類の中枢神経系では興奮性神経伝達物質として働くことが知られている。

受賞者への質問

Q:植物が獲得する抵抗性とはどんなものですか?

A:自由に動くことのできない植物は、害虫を物理(直接)的に攻撃できません。そのため、害虫が嫌がる物質、例えば食べると消化不良を起こすような化合物をあらかじめ作っておくことで抵抗しています。

Q:先生が発見された植物の防御の仕組みは、他の植物でも保存されているのですか?

A:その可能性は高いと思います。これまでタバコやイネなどの植物にCa2+のバイオセンサーを発現させてきましたが、調べたすべての植物で傷害時の長距離Ca2+シグナルが観察されています。

Q:傷のない葉にグルタミン酸を投与するとどうなりますか?

A:残念ながらCa2+シグナルは起こりません。植物の葉の表面はワックスなどの撥水性の高い物質で覆われているため、グルタミン酸溶液を投与しても、グルタミン酸受容体3.3および3.6を発現している維管束組織(葉脈)まで到達できないからです。グルタミン酸溶液の浸透性を高めるなどの工夫が必要です。

Q:この発見により今後どのような研究が期待されますか?

A:グルタミン酸が、傷つけられた場所のみならず遠くの葉でも傷害に対する抵抗性を上げていることが、今回の研究でわかりました。植物の抵抗性を制御できるような新しいアミノ酸(グルタミン酸)型の肥料や農薬の開発につながると期待しています。

審査員講評

  • 植物が侵害刺激に対して動物の情報伝達システムに近いグルタミン酸受容体とカルシウムシグナルを介して長距離伝達するという極めて科学的にインパクトの高い成果を元にした画像であり、極めて高く評価できる。動画も迫力のあるものであり、静的だと考えられがちな植物における活発な情報伝達の存在を示す価値のあるものである。
  • 動くことができない植物が、外敵の攻撃から身を守るために、動物のようにシグナルを伝達している様子が生き生きと可視化されている。学術的にも芸術的にもとても優れている。
  • 生きている事を実感できる美しさや独創性がある。
  • 反応が波のように伝わり発光する様が幻想的。
  • 本研究の長距離・高速カルシウムシグナルの発見は、植物研究の歴史の中で長らく存在した固定概念を打ち破る画期的・革新的なものである。この研究成果は研究者だけでなく、一般の人たちにも大きなインパクトを与えるものであり、またサイエンス誌に掲載されているという意義をはるかに凌駕する歴史的価値があるといえる。
  • 学術的な価値も高いが、非常に美しい動画として可視化していることに価値がある。