細胞飢餓状態で発達したミトコンドリア内膜の超解像画像 拡大
栄養飢餓状態の細胞において
伸長したミトコンドリアの内膜構造が
密になっている様子を超解像顕微鏡によって捉えた

ヒト由来細胞株HeLa細胞、ミトコンドリアのクリステ

サンプル詳細:細胞膜透過性ミトコンドリア蛍光標識剤(MitoPB Yellow)標識した飢餓状態下のHeLa細胞
観察手法:超解像顕微鏡、蛍光
観察倍率:100X
撮影年:2018年

多喜正泰名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任准教授
細胞飢餓状態で発達したミトコンドリア内膜の超解像画像
2019 特別賞

受賞コメント

多喜 正泰 特任准教授

多喜 正泰 特任准教授

この度は栄えある第一回NIKON JOICO AWARDにおいて特別賞をいただきましたことを心より嬉しく思います。本作品は共同研究者の皆様との成果の一つであり、ここに改めて厚く御礼申し上げます。

細胞の構造や機能をありのままに写し出すイメージング画像は,私たちにとって重要な研究成果であるだけでなく、一つの芸術品と思っています。

今回の受賞を励みに、学術性と芸術性をより高めてゆけるよう研究に邁進していきたいと思います。

研究の概要

極めて高い耐光性をもつミトコンドリア蛍光標識剤「MitoPB Yellow」を開発し、ミトコンドリアの折りたたまれた内膜構造(クリステ)を超解像STEDイメージングにより、細胞が生きたままの状態で鮮明に可視化することに成功した。
MitoPB Yellowはミトコンドリア内膜のタンパク質と結合し強く発光する性質をもつため、細胞飢餓状態10においてクリステ密度が高くなる様子や、ミトコンドリアDNA11の複製阻害によってクリステ形態が変化する様子を生細胞中で観測できた。さらに超耐光性とも形容できる光安定性により、クリステ構造の経時的な形態変化をリアルタイムで捉えることが可能になった。
Chenguang Wang, Masayasu Taki, Yoshikatsu Sato, Yasushi Tamura, Hideyuki Yaginuma, Yasushi Okada, and Shigehiro Yamaguchi (2019)
"A photostable fluorescent marker for the super-resolution live imaging of the dynamic structure of the mitochondrial cristae"
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116(32): 15817-15822

メンバー

王晨光1 博士研究員
佐藤良勝1特任准教授
岡田康志2チームリーダー
山口茂弘1教授

1: 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所
2: 理化学研究所 生命機能科学研究センター 細胞極性統御研究チーム

用語解説

1.PET

ポジトロン断層法。陽電子検出を利用したコンピューター断層撮影技術。

2.MRI

核磁気共鳴画像法。磁場と電場を利用した生体の画像化技術。

3.CT

コンピューター断層撮影法。放射線を用いて撮影した体の断面像をコンピューターによって再構成する画像化技術。

4.超解像イメージング

光の回折限界を超える分解能で撮像するイメージング技術。細胞の微細構造を捉えることができる。

5.電子顕微鏡

観察対象に電子線をあてて拡大像を得る顕微鏡。高い空間分解能を特徴とする。

6.X線構造解析

試料に照射したX線の回折を解析することによって、分子の3次元構造を決定する手法。

7.ATP

アデノシン三リン酸。生命活動の細胞活動エネルギー。

8.活性酸素

酸素が外部からの刺激によって、より反応性が高い状態に変化したもの。

9.アポトーシス

遺伝子で決められたメカニズムにおこるプログラムされた細胞死。

10.細胞飢餓状態

アミノ酸などの栄養成分を含まない培地で培養した細胞。

11.ミトコンドリアDNA

ミトコンドリアに関わる遺伝情報が含まれるDNA。

12.代謝疾患

代謝に関わる酵素の遺伝子が変異し、それによって引き起こる病気の総称。

13.神経変性疾患

神経細胞のなかで、ある特定の神経細胞群が徐々に障害を受け脱落してしまう病気。

受賞者への質問

Q:クリステの形態変化はなぜおこるのですか? それは細胞機能にどんな影響を与えますか?

A:クリステの形態変化機構はまだわかっていません。ミトコンドリア機能と形態、さらに細胞機能との関連性を明らかにすることは非常に重要な研究課題です。今回の技術によって生きた細胞内のクリステを明瞭に観察できるようになったことから、その機構解明が期待されます。

Q:なぜこれまで、生きた細胞のクリステ構造は観察が困難だったのですか? 観察手法とミトコンドリア標識剤はあったと思いますが。

A:細胞により異なりますが、隣接するクリステの距離は100 nm以下です。これは光の回折限界よりも近接しているため、従来の光学顕微鏡では両者を独立して観察できません。超解像顕微鏡であればクリステの観察は理論上可能ですが,これに適したミトコンドリア標識剤は存在しませんでした。今回のMitoPB Yellowは極めて高い光安定性と内膜選択性を有しているため、超解像顕微鏡によるクリステ観察が実現できました。

Q:ミトコンドリアの異常が引き起こす疾患に対し、どのような薬が開発されていますか?

A:ミトコンドリア機能の障害により引き起こされる病態は、ミトコンドリア病として難病指定されています。原因遺伝子は同定されつつありますが、有効な薬の開発までには至っていません。MitoPB Yellowと超解像顕微鏡の組み合わせにより、新薬のシーズ探索や薬の作用機序解明などが進展することを期待しています。

審査員講評

  • ミトコンドリアの内膜は超解像顕微鏡を用いなければその解像が不可能な微細構造であるが、生きた細胞で超解像顕微鏡を使用する際の問題点として、蛍光プローブの褪色があった。このイメージは新しく開発された超耐光性の標識プローブを用いて、細胞の飢餓に応答して形態を変化させたミトコンドリアを見事に捉えたものとして価値がある。
  • ミトコンドリアの内部構造を可視化する技術を開発した重要な論文である。将来的な医学応用への可能性が感じられる。
  • 超解像イメージング法の今後の展開に非常に貢献するものである。
  • PNAS に報告されたレベルの高い研究である。