Well-Being眼科疾患治療に細胞の自動製造で挑む―― そこに ニコンの顕微鏡 ――

スマートフォンやパソコンなどで眼を酷使することの多い私たち。もしかしたらある日、ものがよく見えない、形が歪んで見える、といった異変に気付くかも知れません。高齢者なら、『加齢黄斑変性』という疾患の可能性があります。この疾患は、若い人でも眼を酷使し続けると将来発症するリスクが高まると言われています。アステラス製薬株式会社では、より多くの患者さんの視力維持・回復の新たな治療選択肢を探求し、『加齢黄斑変性』の治療に有効な眼の細胞を自動化システムで製造することに挑戦しています。その研究開発の現場を、ニコンの顕微鏡がサポートしています。

細胞による眼科疾患の治療を目指して

アステラス製薬株式会社はVISION『変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの「価値」に変える。』のもと、さまざまな疾患を対象とした医薬品の研究開発に取り組んでいます。特に、「再生と視力の維持・回復」には重点的に投資を行い、革新的な治療法の研究開発に取り組んでいます。「現在、私たちが取り組む細胞医療では、多能性幹細胞を眼の細胞のひとつである、網膜色素上皮細胞へ分化誘導して、加齢黄斑変性の治療に用いるプロジェクトが治験段階にあります」とお話しくださったのは、アステラス製薬株式会社 原薬研究所の山口 秀人所長です。黄斑とは網膜の中心に位置し、鮮明な視覚や色覚を担う重要な部分です。加齢黄斑変性とは、網膜色素上皮細胞が加齢とともに損傷することで黄斑に影響を及ぼし、ものが歪んで見える、視野の中心部が暗くなるなどの症状が現れる疾患です。損傷した網膜色素上皮細胞は再生できないため、これまで確実な治療方法はないとされていました。

アステラス製薬株式会社
CMCディベロップメント 原薬研究所 所長
つくばバイオ研究センター センター長
博士(薬学)山口 秀人様
埼玉医科大学 日高キャンパス正門/日高キャンパス 保健医療学部棟

「私たちの開発している治療法は、多能性幹細胞から分化誘導した細胞を患者さんの患部へ直接投与(補充)するというもので、加齢黄斑変性の根本治療となる可能性を秘めています。一方、患者さん本人の細胞(自家細胞)から分化誘導する場合、時間やコストが膨大になります。私たちは、本人以外の細胞(他家細胞)から分化誘導した細胞を自動で大量に製造しストックすることで、より多くの患者さんに低コストで提供する取り組みを進めています」とおっしゃっていました。自動化研究開発チームは、これまで人の手に頼っていた細胞の培養・観察・判定などの作業を、ロボットを導入した自動化システムと、ニコンと共同開発した顕微鏡とのコンビネーションに委ねることで、常に高品質な細胞を安定的かつ大量に生産・供給することを目指しています。

  • 多能性幹細胞とは、分裂して増える自己増殖能と、あらゆる細胞に分化できる多分化能を併せ持つ細胞で、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが知られています。

ロボットのためにカスタマイズされた顕微鏡

今回、つくばバイオ研究センターの治験用製造棟で、細胞の自動製造技術検証用装置の稼働状況を見せていただきました。クリーンルーム内のさらにシールドに囲まれた中にそのシステムがあります。機器類は、細胞を培養するインキュベーター、作業用の双腕ロボット(ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社製 Maholo)、そして細胞の自動観察・判定を行うニコンの顕微鏡である、ニコンアドバンストモジュレーションコントラスト(NAMC)自動細胞観察装置と、位相差自動観察装置で構成されています。ニコンアドバンストモジュレーションコントラスト(NAMC)※1とは、位相差観察法※2と同じく細胞などのコントラストを強調する観察法で、多能性幹細胞から分化した細胞の観察に有効です。研究開発チームでは、10年以上前の初期段階からこの観察法を採用していました。そして製造の自動化にあたり、「培養した細胞の観察・判定を行う顕微鏡を、ロボットが使いやすいものにできないか」とニコンに相談しました。そこでニコンは、生きた細胞の自動観察に適した顕微鏡製品をベースにカスタマイズを施しその要望に応えたのです。

この自動化システムの特長的なところは、双腕ロボットとニコンの自動観察装置との連携です。ロボットは全15軸の可動部をフルに活かし、細胞を培養するウェルプレートをとても繊細に扱います。細胞はデリケートなので、できるだけ衝撃を与えないように、また、ウェルプレート自体も移動中は常に水平に保つ必要があります。こうした動きに対応できるよう、ニコンの自動観察装置は顕微鏡のステージ部分に大きな空間を設け、ロボットからウェルプレートを受け取りやすい形状となっています。そして、セッティングが完了すると、自動で観察が開始されます。「細胞を培養する操作は非常に難しく、これまでは熟練した作業者の手技に依存していました。ロボットによってそれを自動化することにより、言葉や手振りなどでは伝えることが難しかった細かな動作のコツを再現し、作業者ごとのバラツキをなくすことで、均質な細胞を安定的に大量製造・供給できるようになると考えています」と山口所長は語ります。

クリーンルーム内の製造技術検証用装置(右側上部がNAMC自動細胞観察装置、下部は位相差自動細胞観察装置)
NAMC自動細胞観察装置にセットされたウェルプレート
左がNAMC観察画像、右が位相差観察画像

NAMC自動細胞観察装置について、「希望通りの自動観察・判定と、高品質な画像データの収集が可能になっています。さらにデータ解析技術、AI技術などと組み合わせることで今後の細胞製造に大きな変革をもたらす重要なピースになると思います。また、防水性、耐薬品性などにも優れ、将来の本格的な大量製造ラインでの活躍も期待しています」という評価をいただきました。

  • ※1ニコンアドバンストモジュレーションコントラスト(NAMC)は、微分干渉観察ができないプラスチック製のウェルプレートなどを使用でき、無色透明な試料でもレリーフ状のコントラストを付けて観察することができる変調コントラスト法のひとつです。
  • ※2位相差観察法は、光の回折と干渉を利用して無色透明な試料に明暗のコントラストを付けて観察する方法です。

次世代の治療領域への挑戦は続く

網膜色素上皮細胞を用いた加齢黄斑変性の治療は、今後多くの患者さんにとっての新しい選択肢となることが期待されています。いま、アステラス製薬株式会社では、眼科領域にとどまらず、がん免疫や免疫調節など複数の分野で細胞医療の研究開発が進んでいます。「細胞の研究において、顕微画像は非常に重要な情報であり、今後それらのデータをより多く蓄積していくことが、さまざまな細胞の安定供給を実現するプロセスに繋がると、私は考えています。将来は顕微画像のデータから細胞の状態を定量的に判断して、開発・製造にフィードバックし、さらに、AIやIoT技術を駆使した新たなスキーム構築を目指したいと思っています」と山口所長は今後の展望を語ってくれました。

多くの人々の健やかな日常のために、次世代の治療領域への挑戦を続けるアステラス製薬株式会社。ニコンの顕微鏡技術は、その取り組みに貢献し続けていきます。

山口所長と自動化研究開発チームの皆さん

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