
脳は多くの謎に包まれています。人間の脳には約100億個の神経細胞の中に、約14兆個ものシナプスが存在し、この14兆という数は、全宇宙の銀河よりも多いと考えられています。英国エディンバラ大学のセス・グラント教授は、シナプス内のタンパク質を観察することで、計り知れない種類のシナプスがあることを発見しました。ニコンの顕微鏡は、シナプスのタンパク質を広範囲かつ詳細に観察することに役立っています。
シナプスのタンパク質を染色し、脳内の地図をつくる
エディンバラ大学のセス・グラント教授は、30年以上も前からシナプス内の分子、遺伝子変異と、さまざまな種類の脳疾患との関係を研究しています。「脳は宇宙で最も複雑な物体のひとつだと思っています。その仕組みを理解し、私たちの思考がどのように機能するのか、そして脳がどのように誤作動して、さまざまな脳疾患を引き起こすのかを理解する必要があります。それは現代科学における大きなフロンティアのひとつと言えるでしょう」とグラント教授は語ります。

臨床脳科学センター
分子神経科学 セス・グラント教授
医学アカデミーフェロー
エディンバラ王立協会フェロー
※役職・所属等は取材当時のものです


右)マウスの脳の顕微鏡画像

教授は、脳の正常な機能の研究を通じて世界で何百万人もの人々が罹患しているさまざまな種類の脳疾患の仕組みをさらに解明しようとしています。そして、マウスの脳内のシナプスに存在するタンパク質を分析する研究から、活動や経験が脳の特定のシナプスを刺激することを発見しました。その研究成果をもとに、タンパク質を染色しマウスの脳のマップを作成しました。「脳のマッピングができれば、脳のどこで疾患が発生しているかを特定できるのです」と教授は続けます。この研究を通じてシナプスの突然変異による統合失調症など、脳に影響を与える多くの遺伝性疾患の生物学的なメカニズムが明らかにされました。「多くの人は脳障害がなぜ起こるのかを理解し、新しい治療法を開発することに大きな興味があると思います。私たちはさまざまな脳疾患において、脳内のどのシナプスが損傷しているのかを見極めることが研究課題のひとつであると考えています。そこから新しい治療法や新薬が開発される可能性があり、それはとても重要なことです」とお話しくださいました。

脳の神経細胞には、多数のシナプスで覆われた樹状構造があり、
シナプスには分子的な違い(上図の異なる色の点)があります。
動物が行動する際、脳内にシナプスを活性化する
さまざまな刺激のパターンがあります。
※1 シナプトームは、神経細胞から分離されたシナプスの末端


広範囲かつ効率的に、脳内のシナプスを捉える顕微鏡
脳内の分子メカニズムの解明で、さまざまな外部要因が私たちの脳にどのような影響を与え、それが私たちの行動にどのような変化をもたらすのかを明らかにできます。このような課題を達成するには、複雑な人間の脳を詳細に分析し、数兆個のシナプスを可能な限り広範囲に調べることが求められます。「私たちの研究の目的は、とても微細な個々のシナプスを顕微鏡で観察することです。しかし、そのうちの数個を見たいわけではありません。私たちは何十億ものシナプスを観察したいと考えています。その目的のためには個々のシナプスとその中のタンパク質を可視化できる特殊な顕微鏡が必要だったのです」そのようなグラント教授の希望に応えた顕微鏡が、ニコンのECLIPSE Ti2-E with CSU-W1でした。
「この顕微鏡は、非常に高い倍率と広視野の両方で、脳組織の画像を同時に撮影できます。
それによって数十億のシナプスの画像を効果的にキャプチャでき、シナプス内のタンパク質の定量化やそのサイズ、形状などの詳細な分析が可能になります。その結果、さまざまな種類のシナプスの多様性と脳組織サンプルにおける空間分布を分析する初めての試みに挑戦することができました」と教授は語ります。優れた顕微鏡の技術によって提供される貴重なデータから、複雑な脳のマップの作成が実現しました。

個々のシナプスを色付きの点として示すマウスの脳組織の画像。3つの異なるタンパク質を緑、赤、青の色素で標識しました。さまざまな色で示されるシナプスの種類の多様性は、これら3つのタンパク質の組み合わせから生じます。

脳疾患治療の新たな可能性を拓く
グラント教授の研究はシナプスレベルでの人間の脳の病理学研究の促進に貢献しています。さらに教授は、このアプローチが数多くの脳疾患に応用できる可能性があると確信しています。「私たちはこの研究によってこれまで知られていなかった脳の病理を明らかにできました。今後それが臨床現場で、さまざまな脳疾患の発症と進行を監視するための新しい治療法に繋がっていくだろうと考えています」と語るグラント教授。最後にこれからのニコンに期待することとして、脳の組織のさらに広い領域を高速スキャンできる共焦点顕微鏡の開発についてこうお話しくださいました。「さらなる高速スキャンの機能により、人間の脳の複雑さを顕微鏡レベルで理解できるようになるでしょう。それは将来のイノベーションにとって、とても重要な役割を果たすと考えています」
私たちニコンは、グラント教授の期待に応え、脳研究という重要な分野の発展に貢献できるよう、これからもたゆまぬ努力を重ねていきます。