ユーザーインタビュー《積水化学工業株式会社》業界初*の化学合成樹脂足場材で、細胞製造の産業化を加速。「タイムラプス撮影で細胞の動きを捉え、適切な樹脂設計が実現できた」
*2021年7月9日現在。積水化学工業調べ。
積水化学工業株式会社
主な事業内容
ユニット住宅の製造・施工・販売、リフォーム等住宅関連サービス、建築・土木・ 車輌・電子機器等各産業向けプラスチック製品の製造・販売、体外診断用医薬品・検査機器の製造・販売 等
お話いただいた方
R&Dセンター先進技術研究所羽根田 聡 さん
採用いただいた
機器・システム
*製品の生産は終了しています。細胞培養・アッセイに関して、また製品についてのご質問等は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
「住・社会のインフラ創造」と「ケミカルソリューション」のフロンティアを開拓し続け、イノベーションの創出を通じて世界のひとびとのくらしと地球環境の向上に貢献している積水化学グループさま。ライフサイエンスの分野では、プラスチック製の画期的な化学合成樹脂足場材の開発に成功し、安定した細胞培養を実現する培養容器を実現。ニコンの細胞観察装置BioStudio-Tは細胞の接着や増殖過程に関する情報の詳細な取得を通じて、開発方向性の的確な判断に貢献。再生医療等製品の産業化を大きく前進させるこのイノベーションの一助となりました。今回は、開発プロジェクトを主導した羽根田さんに、BioStudio-Tが開発における課題解決にどう役立ったのか、お話を伺いました。
※本文中敬称略
目次
表示積水化学工業さまのイノベーション
細胞が増えやすい環境をつくる足場材
積水化学工業さまは、化学合成樹脂の細胞培養用の足場材を開発され、サンプル提供を開始されました。化学合成品は、業界初とのことですね。
羽根田さん
そうですね。もともと積水化学工業はプラスチックの総合的事業化を目指し、1947年に発足しました。以来、プラスチックの設計・加工成型技術を活かして、自動車フロントガラスに使用される合わせガラス用中間膜や液晶ディスプレイ用接着剤など、産業に不可欠なさまざまな製品を提供し、社会課題への貢献を目指してきました。
今、世界中で再生医療や遺伝子治療など、細胞を活用した産業が立ち上がりつつあります。そこで、これまで培ってきた技術を活用して、生産性や品質面・保管面での安定性向上など従来の弱点をカバーする足場材を提供し、細胞培養の産業化を促進するお手伝いができないかと考えたのが、開発のきっかけです。iPS細胞やES細胞が接着・増殖し、プラスチックと同等に取り扱える足場材は製品として知られていないため、新しいコンセプトのご提案ができたと考えています。
足場材とは何か、細胞培養プロセスの中でどんな役割を果たすのか、教えてください。
羽根田さん
足場材とは、細胞をプラスチックやガラスのシャーレやプレートなどの培養容器の表面に定着させるための接着剤のようなものです。細胞は生体の中ではタンパク質によって接着しています。この生体内の環境を再現しないと、細胞は機能を維持できず、変質したり細胞死につながったりします。そこで、容器表面に塗って生体内と似た環境をつくり、容器を細胞の定着しやすい環境にしてあげるのが、足場材の役割です。私たちも住宅の床にフローリング材を張ったり、カーペットを敷いたりして、住みやすい環境に整えますよね。そんなイメージが近いかもしれません。
「化学合成樹脂足場材」を業界で初めて開発
その足場材を化学合成樹脂でつくったことが、イノベーションなんですね。
羽根田さん
スクロールできます
開発品 | 従来品 | |||
---|---|---|---|---|
化学合成樹脂 (非水溶性) |
タンパク質 (水溶性) |
ペプチド (水溶性) |
||
培養性 | iPS細胞培養 | ○ | ○ | ○ |
安全性 | 水への溶出性 | 極小 | 大 | 大 |
動物由来成分 | 不含 | 含 | 含/不含 | |
取扱い性 | 均質性 | 機械均質塗工 | 吸着ムラ | 吸着ムラ |
スケールアップ性 | 高 | 低 | 低 | |
常温保管 | ○ | ×〜△ | △〜○ |
導入前の課題
課題だったタンパク質由来足場材の弱点をカバー
細胞が定着する環境にムラができてしまうということですね。
羽根田さん
水溶性のタンパク質の弱点を解決し、産業化を支援する点でとても画期的ですね。
羽根田さん
また、足場材インクとして使用することでさまざまな材料や形状へも均一塗工が可能ですので、高度に自動化した閉鎖形のファクトリオートメーション的な細胞培養デバイス開発をお手伝いできることも期待しています。
タイムラプス撮影に助けられた前例のないチャレンジ
開発段階では、合成した樹脂足場材が細胞にとって適しているかどうか、どう評価されたのですか?
羽根田さん
細胞の接着性や増殖性を指標としました。接着できなかった細胞は、ひしゃげたり伸びたり、変な形になります。そこで開発初期段階では接着性については、顕微鏡で細胞の形を目視し、10点満点で評価しました。増殖性については、培養容器から剝がした細胞を染色し、計測装置で計数して評価しました。
開発にあたって、難しかったこと、苦労されたことについて教えてください。
羽根田さん
これまでにないまったく新しいチャレンジでしたので、既知の材料や手法をマイナーチェンジしていくという一般的な開発手法がとれなかったことです。材料設計や指標についての仮説も諸説ありすぎて、どれに依ればいいかよくわからない。結局、膨大な数のサンプルを作製し、検証して絞っていく手法が最も効率的な状況でした。中でも困ったのは、接着できているのに増えていかなかったり、増えてはいても形が良くなかったりするケースです。これが意外と多くて、何が原因なのかなかなかわかりませんでした。そんな時、ある展示会でBioStudio-Tに出会いました。一目で「これは使える!」と思いました。実際に導入してみたら、まさに狙い通りの結果が得られました。
複数台購入いただいたと聞いています。BioStudio-Tはどんなお役に立ったのですか?
羽根田さん
タイムラプス撮影機能で観察したところ、細胞のミクロ的な「動き」に指標作成のカギがあることがわかったのです。
導入の効果
タイムラプス撮影で見えてきた細胞の「動き」
細胞のミクロ的な「動き」ですか? それがBioStudio-Tのタイムラプス撮影機能でわかったのですか?
羽根田さん
もう少し詳しく教えてください。
羽根田さん
ミクロ的にはけっこう動いているということなんですね。
羽根田さん
BioStudio-Tでの観察結果を指標作成につなげた
撮影はどれぐらいの頻度で行われたのですか?
羽根田さん
タイムラプス観察を始めた頃は、10分から20分ごとに1週間にわたって撮影しました。そうして数多くのデータを解析するうちに、播種から1~2時間の間が最も重要な期間であることがわかりました。うまく接着できなくて生存するためのシグナル回路を刺激できず、細胞の調子が悪くなってしまうことがあります。時には細胞が苦しそうに小刻みに動いたのち、形を維持できずに細胞内の臓器ともいえる小器官をまき散らしながら死んでしまうこともありました。「播種」工程は細胞にとって負担が大きいと一般的にも知られていますが、それを目の当たりにすると、本当に生存環境を激変させる一大事件だということがわかります。細胞を育てる材料を開発するということは、そうした細胞のライフイベントにしっかりと寄り添うことがとても大切だということですね。
なるほど、細胞にとって居心地の良い場所を提供することは、とても重要なことなのですね。ところでBioStudio-Tの見え方はどうだったでしょうか?
羽根田さん
ニコンさん以外のものを知らないので、他社さんのものとの比較はできませんが、細胞の「足」の部分まで確認できたり、周囲長とアスペクト比(縦辺と横辺の長さの比)を見ながら観察できたり、細胞突起の数もしっかり数えられたりなど、観察結果を指標作成につなげられたのはBioStudio-Tがあったからこそだと考えています。
ありがとうございます。
プレートがズレにくく、揺れにくいことも利点
羽根田さん
BioStudio-Tは培養容器が揺れないことも大きなメリットでした。レンズがプレートの下で動くため容器を動かす必要がない。しかもレンズ駆動モーターの振動がプレートに伝わらないので容器が揺れることもありません。こうした配慮がされている装置でなければ、播種直後の細胞が接着するかしないかというセンシティブな時点での情報を、正確に得られなかったかもしれません。外的なノイズに影響されないのは、とても助かります。また、プレートを外して培地交換した時、ミクロン単位で制御されているので、メカ的な誤差によるズレが少ないことにも助けられました。
ありがとうございます。そうした細胞の挙動を観察されて、どんなことを感じられましたか?
羽根田さん
そうですね。当時は足場材上に播種された細胞が、遊走しながら増えていくというライフイベントをひたすら観察していました。じっと我慢しながら増えていたり、激しく動きながら増えていたり、化学合成樹脂の設計によって変わって来ます。細胞の運命を制御しているんだなという想いに浸りながら、開発していました。
今後への期待
細胞培養の産業化促進への貢献を目指して
「化学合成樹脂足場材」の今後の展開について教えていただけますでしょうか?
羽根田さん
細胞を培養するための容器は、これまでは同じロットであってさえ表面性が不均質な場合がありました。しかもタンパク質足場材ではムラが生じます。細胞培養を産業化する際には、これらのばらつきは品質管理の面からも歩留まりの面からも大きな問題です。今回開発した「化学合成樹脂足場材」であれば常に同等の表面接着性を担保でき、色々な形状の培養面に修飾可能ですので、細胞培養に最適な容器を提供できます。その意味で、再生医療に利用する細胞を製造する際のキーマテリアルになると考えています。
「化学合成樹脂足場材」は、細胞培養の産業化を前提とした製品ということですね。
羽根田さん
はい。ですので、さまざまな細胞に対応できるよう、タンパク質系のリガンドで修飾をしています。細胞は種類によって性質がまったく異なります。例えば心筋細胞は疎水性を好み、MSC(間葉系幹細胞)などは親水性を好みます。私たちの「化学合成樹脂足場材」は、細胞の好みに応じたカスタムチューンを、リガンドを含めた樹脂設計で実現します。これはタンパク質由来足場材ではできないことです。
現在は各種の安全性試験も進め、細胞製造現場で安心してご使用いただけるよう、製品としてさらに仕上げるところです。また、臨床の先生方との共同研究も進めています。今後は、治療薬パイプラインの開発現場の声をお聞きする活動を進めていきたいと考えています。
ありがとうございました。上市されれば細胞製造の産業化を大きく推進する原動力になるのではと期待しています。
※掲載した情報は取材当時のものです。関連事例
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